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2007年4月8日

《キリストの復活》

説教者:
牧師 持田行人
聖書:
ルカ福音書24:1〜12

   復活主日、イースター。讃美歌6,156,154、交読文14(詩50篇)
聖書日課 出エジプト14:15〜15:1、ローマ6:3〜11、詩編30:2〜13、
本日午後高石霊園内教会墓所にて墓前礼拝・納骨式。

私たちの讃美歌の中には、僅かですが、かなり古いものがあります。
クリスマスのアデステフィデレスもその一つです。111番にありますが、訳詩の問題で歌われなくなっているのは残念です。讃美歌21では259にあります。
 本日、ご一緒に歌った156番、旋律はドイツの古い楽曲を用いています。18世紀大学の教師であったゲラートの詩に基づいています。有名なゲーテが彼の講義を聴いて絶賛の言葉を残しています。深い感銘を与えるものだったそうです。それは誠実で高潔な人格から生まれるもの、とされています。各節の最後はハレルヤで締めくくられています。ヘブル語の「ハラルー・ヤー」であり、「ヤーウェ(神)を讃めよ」を意味します。
 『キリストの復活は「このイエスを、神はよみがえらせた」(使徒2:32)とあるように、神のなしたもう御業であり、復活の主を仰ぐ時神を讃えないわけにゆかないのである。』
以上は原恵さんの『讃美歌の研究』を参考にしました。

 もうひとつこれから歌う讃美歌154番、これは掛け値なしで古いものです。
曲はヘンリー・トマス・スマートのもの。19世紀、といっても前世紀より古い、となりました。詩は、8世紀に活躍した東方教会の指導者ダマスコのヨハネが作ったギリシャ語讃美歌を基に、ニールという讃美歌学者が英訳したものです。ジョン・メースン・ニール。
 この人は、東方教会の復活節の情景を生き生きと描いています。
「40日間断食を行なって大斎節(レント)を守り、更に1週間受難週を守って主の苦難と十字架とを瞑想して来た人々にとって、主の復活の朝を迎えるということは非常な歓喜であった。東方教会においては復活節の朝は特に荘厳に祝われた。この日の前夜、大監督は教職の全員を従え、国王と王妃をも加えて、荘厳な行進を行なって都の広場に出て行き、全市こぞって集まってきた群衆と共に復活の日の来るのを待った。砲声が轟いてイースターの日となった事を知らされると、大監督は十字架を高く挙げて「クリスト・アネスティ」(キリスト甦りたまえリ)と叫ぶ。これを合図に聖なる火は全員の手にしていたローソクに点火せられ、たちまち光が広場にみなぎる。このとき、年老いた祭司たちは高く声を上げて、ダマスコのヨハネが作った甦りの歌『地よ、声高く 告げ知らせよ』とうたい出す。それに従って大衆が唱和し、凄まじい大合唱が大地に響き渡る。」
 この154番は、このように歓喜の祝祭に相応しい讃美である。ここで歌われているような喜びと讃美こそ復活に相応しいのだ。

 
福音書に見る主イエスの甦りは、決して喜びに満ち溢れるようなものではなかった。
福音書を生み出した初代の弟子たちにとっても、甦りは喜びよりは戸惑いであった。
 
ルカ福音書は、その24章に主イエスの甦りを記します。
主が葬られた墓を訪ねたのは、イエスに従っていた婦人たち、女性たちでした。
マグダラのマリア、ヨハンナ、ヤコブのマリアを初めとする他の女たち、と記されます。
彼女たちの事、見たもの、感じた事を注意深くお読みください。
そこでは、喜びの感情は見られません。

 彼女たちは、最初、香料を塗ろうと考えてやってきました。誰があの大きな石を転がしてくれるだろうか、という不安を持っていました。墓に来るとすでに石は転がされ、出入り自由の状態になっていました。きっと誰がやったのだろう、と不安を大きくしたことでしょう。転がしてくれる人がいるだろうか、と不安に思い、すでに転がされていると、誰が、と更に不安に思いました。
 墓の中に入ります。日本のものと違い、崖のような所の横穴が利用されます。入り口の右手にベッド状になった所があり、そこに遺骸が横たえられていたそうです。頭から足の先まで亜麻布で包まれていました。そのはずでした。しかし遺体は全く見当たりません。ただ亜麻布が散乱しているだけでした。途方に暮れました。
 すると彼女たちの側に二人の人が現れました。きらめく衣装です。婦人たちは恐れに捉えられます。遺体を見つけようとしたときには見えなかった、いなかった人たちです。突然の出現です。恐れるのが当然です。
 二人は婦人たちに話しかけます。5節から7節。「受難と復活の予告」の繰り返しです。

 婦人たちは、墓から帰り、11人と他の人たちに一部始終を話します。彼らはそれを、「たわごとのように思い、信じなかった」とあります。余りにも不可思議なこと、理屈に合わないからです。人間の経験に適合しないのです。
ペトロは墓に走り、確かめようとします。散乱する亜麻布はありました。二人の人はいません。「驚きながら家に帰った」とあります。墓の蓋の大石が転がされていたこと、遺体がないことに驚いたのでしょう。
 婦人たちの報告は大方が確認されました。言ったとおりでした。
ここに記される三日目の朝の出来事は、墓が空であった、ということです。そして何と、不信と懐疑、不安と疑い、恐れとおののきの感情が渦巻いています。否定的、マイナスの感情です。肯定的な喜びと讃美の感情は何処にも見られません。

 他の福音書が詳細に語り示すことにルカは関心を寄せません。空っぽの墓と恐れ、驚き、戸惑いを率直に示します。これこそルカの教会、その信仰の出発点になります。
キリストは墓の中にはいないのです。外へ出て行ってしまいました。復活、甦りは文字通りには「立ち上がる」ことです。使徒たちの最初の説教に従えば「神はこのイエスを甦らせた」、立ち上がらせたのです。墓は人間の理性に合致するあらゆる事物を意味します。
 イエスは、その外へ出られました。死者の中から、生きる人の世の中に。

先日、他教会の若い人と話をして、考え込まされました。彼は、私の説教は判る、と言ってくれました。自分の教会の牧師の説教も難しいけれど好きだよ、とも言います。
私は、優しく、わかる説教を心がけてきました。無駄に時間を費消させたくないからです。
しかし最近、読んだものに「説教は神を語るもの。目に見えず、超越する神が判るはずはない」と書いてありました。それでは、判ったような気持ちにさせてはいけないのか、ということになります。そうでもないぞ、と思っています。超越だけの神ならそのとおり。大事な事を忘れていませんか。私たちの神は、受肉する神です。人の中に降りてこられる神です。その部分で、私たちも見ることが出来、知ることが、判ることが出来るのです。
キリスト教の神は、高みに座して、我関せず、と観ておられるような神ではありません。
ベツレヘムの家畜小屋で人としてお生まれになり、十字架の上で人の罪の重荷を担われ、甦っては人の世へと出て行かれた方です。人の世へと入られたお方です。
やはり判る説教をすることが大切でしょう。

 私たちは人の知恵、経験よりも神のご計画を、福音を信じます。これが教会の信仰であり、教会の出発点となりました。

墓参があり、墓前礼拝があります。大勢の信徒が墓を訪れます。何故でしょうか。思い出して悲しみを新たにするのでしょうか。そうではありません。
死者が神の御国へ行った事を、今御国で新しい命のうちに甦った事を、やがてこの地上に甦る事を確信するためです。確実に死がやって来る事、死は打ち破られている事、死の中から立ち上がることはイエスによって明らかにされていること、これらを確かめつつ、参りましょう。