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2008年7月6日

《世界各地に及んだもの》

説教者:
牧師 持田行人
聖書:
創世記41:50〜57

  聖霊降臨節第九主日 讃美歌70,444,527、交読文16(詩57篇)
聖書日課 イザヤ43:1〜13、使徒27:33〜44、ヨハネ6:16〜21、詩54:3〜9、

  幼児祝福式・佐野あおいさん(元彦、晴香夫妻長女)、讃美歌461,

梅雨の中休みのようです。真夏のように、30度を越える暑さが続いています。
前主日は、神山教会へ行かせていただきました。私の召命、使命と理解しています。

しかし、玉出の皆様にとっては牧師の身勝手、と感じられているのではないか、と懼れています。その反面、いや玉出の皆様は正しく理解してくださり、共に神山を訪ねている心でいるに違いない、と考えています。

前回は創世記40章まででした。侍従長ポティファルの僕となったヨセフ。ポティファルの妻の言うことを聞かなかったために投獄されます。そこでも「ヨセフがすることを主がうまく計らわれた」ので、ヨセフはこの獄に関するすべてを委ねられるようになりました。そして此処に入れられた二人の役人の夢を解き、それが大当たりになります。

料理役の長は木にかけられ、給仕役の長は復職することが出来ました。このときヨセフは、復職する給仕役の長に、自分のことを話し、ファラオに執り成してくれるように頼みます。

14節から15節に、そのことが記されます。ヨセフにとって重要なことであっても、復職した者にとっては大事なことではありませんでした。むしろ折角信頼を回復しようとする身にとって邪魔なことだったのでしょう。沈黙を守ります。そして二年の年月が過ぎました。

本日の説教はここから始まります。ヨセフは依然として、侍従長ポティファルの家にある獄中にあり、給仕役の長は王の側近として励んでいます。そうしたある日、ファラオが夢を見ます。ナイル川の畔に立つファラオ。突然、つややかな、よく肥えた七頭の雌牛が川から上がってきます。草を食べ始めます。今度は醜い、やせ細った七頭の雌牛が川から上がり、先の肥えた美しい雌牛を食い尽くしてしまいます。ファラオの夢です。

ナイル川はエジプトの象徴、アフリカ内陸部アビシニア高原を源流とします。毎年定期的に氾濫を起こし、上流から豊かな肥料を含む泥土を押し流してきます。水が引いた後、ナイルの流域は、ただ小麦や大麦の種を蒔けば良い状態になっています。労は少なく、収穫は大きい、という理想的な環境でした。古代世界の穀倉と呼ばれました。ローマ帝国も、このエジプトを支配し、定期的に船で小麦を運んで来ることは重要な政策でした。ポンペイウス、ジュリアス・シーザー、アントニウス、オクタビアヌス、皆エジプトを目指しました。クレオパトラは、彼らにとってエジプトの小麦が必要なことを承知していました。男たちを手玉に取ることが出来ました。

 ファラオはまた眠りました。再び夢を見ます。今度は肥ってよく実った穂が七本出てきます。その後から実が入っていない、東風で干からびた七つの穂が出ます。この痩せた穂が肥った穂を飲み込んでしまいます。此処でファラオは目が覚めました。

 前回、古代の人々は、夢には意味があると信じていた、とお話しました。このファラオもこの夢によって心が騒ぎます。一体この夢は何を語ろうとしているのか。エジプト全土の最高神官、神々の代理人と称するけれど、夢の意味が判らない。全土から魔術者、賢者をすべて呼び集めます。夢を語り、その意味を問いますが、誰も判りません。解き明かし、納得させることは出来ませんでした。

そこで、かの給仕役の長が登場します。自分はかつて料理役の長と共に積みに問われ、侍従長ポティファルの家の獄に入れられました。そこにはヘブライ人の若者がいて、自分と料理役が見た夢を正しく解き明かしてくれました。その通りになりました。実証済み。

それを聞いたファラオは、ヨセフを呼びにやります。「ヨセフは、散髪をし、着物を着替えてからファラオの前に出た」とあります。世俗の王の前に出るのにふさわしい服装、態度があることを示します。

礼拝は神の前に出る時です。現代の教会はあまり考えないようですが、それでも各自は最善の服装をすべきでしょう。綺羅を尽くすのではありません。贅を尽くすのでもありません。あれこれ限定されるものでもありません。洗濯され、繕われ、こざっぱりとした様子が求められます。そうすることで、富める者も、貧しい者も、共に心を揃えて神の御前に出ることが出来るのです。

トーマス・カーライルは『衣装哲学』を書きました。衣装は、自分が楽しみ、他者をも楽しませる、と書かれていたと記憶します。神が満足すること、服装であることは大事です。自己満足や誇りのための服装ではありません。

ファラオは、ヨセフに夢を解くことが出来るそうだが、それは確かであるか、と問いかけます。答えは41:16です。

「私ではありません。神がファラオの幸いについて告げられるのです」。

エジプトの神々に仕える最高神官に対して、ヘブライ人の神の力を主張しています。

王の夢についての物語は、ヨセフの神の力がエジプトの魔術や知恵よりはるかに強いことを示している。神の力が外国の宮廷魔術師の力より優れている他の例に関しては、出7:8〜12、8:14、15、9:11、ダニエル5:8、15〜28参照。

そこでファラオは、ヨセフに自分の見た夢を話します。ヨセフは夢を解きます。

夢を解くとは、その中に隠されている意味を明らかにし、明るみの中に出す、ということです。ヨセフは見事にファラオの夢を解きます。
それだけではなく、政治・経済の政策まで提示しました。

彼は言います。二つの夢は同じことを表現しています、と。これは重大であることだし、その実現が確実である、ことを示します(32節)。七年間の豊作と続く七年間の飢饉の到来。そしてあまりに激しい飢饉のため、豊作のことは忘れられてしまう、と言います。そこで政策提言です。

優れた人物を立て、全土を治めさせる
国中に監督官を立て、豊作のエジプト全土から、産物の五分の一を買い入れる(徴収)
豊作の間にできる限りファラオの管理下に食糧を蓄える
飢饉に備えることが出来る

夢の解釈と政策提言は、ファラオの目に適いました。38節「このように神の霊が宿っている人はほかにあるだろうか」。「神がそういうことを皆示されたからには、お前ほど聡明で知恵のある者は、他にはいないであろう」。

ファラオはヨセフを宮廷の責任者とします。直訳は「あなたはわたしの家の上にある」。宰相となってファラオの全権を代理するものとなることです。

 宮廷は王の貴族の集う所です。貴族は、王のためにその国を治める者、政治を行なう者たちを指すと考えます。ヨセフはこの貴族たちの上に挙げられました。王の代理人です。ファラオは言います。「ただ王位にあるということでだけ、私はお前の上に立つ」。
そうして王権のしるしを彼に与え、人々が敬意を払うべきことを宣告します。
更に、エジプト名、ツェフェナト・パネアを名乗らせます。そしてオンの祭司ポティ・フェラの娘アセナトを妻として与えます。この夫婦には長男マナセ(忘れさせる)、次男エフライム(増やす)が与えられます。

その間にエジプト全土は大豊作を経験します。町々に食糧の備蓄が進みます。計り切れなくなった、とされるほどです。日本では徳川時代、会津藩藩祖埴科公保科正之が領内に備蓄蔵を建て、備蓄を進め、大飢饉に備え、その時には他藩にも売却し、藩政時代を通して飢えを知らなかった、と伝えられます。

世界の各地へ広がったものは何でしょうか
強大な国力があれば、その国、その民族の文化が広がります
此処では負の国力が作用しているようです。
エジプトが日照りのため、農業産品が不作、飢饉となります。
一国だけに限りません。それは世界各地に波及しました。
日照りが、不作が、そして輸入ができない状態が世界の各地に及びます。

エジプトにはヨセフがいました。彼の政治・行政の舵取りは的確。
何故なら、夢の解釈によって将来を描くことが出来たからです。
現代の政治・行政者は先を読むことが出来ない。目先の損得を読むのはお上手。

一ヶ月前、説教題を決めました。《人は食糧を求める》だったかな。

食糧を求める人々の声は全世界に広がりました。そしてその声は、エジプトに食糧がある、
という声に変わります。水が流れるように、人々は食糧を求めてエジプトへ来ました。
このエジプトから《世界各地に及んだもの》があります。そこで説教題を変えました。
ご迷惑をおかけした方々にお詫びします。

ヨセフが築いたエジプトの冨は、全世界の飢えを凌ぐことを可能としました。
ヨセフを通し、神の恵みと力が世界の各地に及びます。

旧約聖書は、この世界の主なる神の優越的な力が全世界に及ぶことを告知します。

民族、文化、習慣、風習、伝統、血筋、言語、さまざまな壁を乗り越え、まことの神の力だけが世界の各地に及びます。

時間のただ中で、歴史に関わり、生きて働く神がいましたもうことを証します。

イスラエルの民の祈りを記します。

讃美しましょう。